AIが私たち人間が創造したものであるのなら、AIから私たちがひとつの「福音」を得る可能性さえあることを、誰も否定できないだろう。
希望
希望とは自らが望み、自らにがかけた目標そのものなのですね。
そのことに今朝気がつきました。
魔王と呼ばれた革命家
最近、北一輝について少し勉強しています。
故鈴木邦夫さんに会いたいです。
「愛国者」たちがゾンビのように溢れる今の日本に暮らしながら。
ユングの個体化とパウロの言葉
高橋巖はエッセイ「ユングの個体主義」において、個体化プロセス(ユングによる修行法のこと)の到達点「ゼルプスト(霊我、大我)」は『「デミアン」におけるアブラクサス、ヨハネ福音書におけるパラクレート(真理の霊)の心理学的概念であることは明らかである。だから「個体化」のプロセスをパウロの言葉、「生きているのは、もはや、私ではない。キリストが、私のうちに生きているのだ」で表現することもできる、とユングは書いている。(高橋巖 神秘学序説189ページ)』と述べている。
教祖たちの常套句「私が(あるいは私は)キリストである」「私が仏である」「私は救世主の再来である」という言葉と、パウロの言葉は一見似ているようだけれど、そのニュアンスには決定的に異なる。
このニュアンスの違いは「私」という概念の違いからも説明できそうですが、パウロの言葉を敢えて言い換えるなら「私は自らの自由意志によって、自分の魂にキリストを受胎する」となるでしようか。
この大切なことに、今朝気が付きました。
いつも、ありがとう。
